直腸脱(完全直腸脱)

直腸脱(完全直腸脱)

直腸脱とは

直腸脱とは、「肛門から直腸が飛び出す」病気です。直腸の壁全体が反転して飛び出してくるようなものを完全直腸脱と言い、通常、直腸脱といえばこれを意味します。直腸脱は特に高齢女性に多い疾患で、骨盤底が緩み、直腸の固定が悪い事が原因で、便秘や排便時のいきみが誘因になります。男性や若年者に発症する場合もあります。
そのほか、内痔核(いわゆるイボ痔)が飛び出す脱肛や、直腸の粘膜だけがずれて出てくる直腸粘膜脱も「肛門から腸が出た」と表現される場合もありますが、これらは治療法が異なる別の病気です。

ここでは完全直腸脱の診断と治療について説明いたします。

直腸脱の診断

直腸脱の診断は容易です。腸が飛び出した様子を見れば一目で分かります。逆に腸が飛び出していない状態での診断は難しいので、いつもは飛び出していないという方は飛び出した時の写真をご用意の上で受診いただくと、診断がスムースです。写真はプリントしたものでなくとも、スマホの画面をお見せいただけるだけで十分です。高齢などで来院が難しい場合には、まずはご家族に来院いただき、受診して相談いただくことも可能です。

直腸脱の治療

直腸脱はいったん発症すると自然に治ることはありませんので、治療には必ず手術が必要になります。ただし高齢者に発症することが多く、状況によっては必ずしも全ての方に最適な治療ができるとは限りません。しかし治療しないで放置すると、後に述べるような様々な問題が生じますので、可能な限り速やかに治療することが推奨されます。

治療しない場合の経過

  • 脱出した腸が傷ついて出血したり、戻りにくくなってしまう可能性があります。
  • 慢性的に肛門括約筋が引き伸ばされるため、肛門を締める力がさらに低下します。
  • 出歩くのが億劫になり引きこもりがちとなるため、足腰が弱くなり、ひいては全身の健康に悪影響を及ぼします。
  • 便失禁や粘液で陰部が汚れた状態が続くと、生活の質が著しく低下します。特に介護が必要な方は、尊厳が損なわれ、介護する側の負担も大きくなります。

治療した場合の経過

  • 後述の腹腔鏡下直腸固定術を受けていただければ、手術翌日から全く脱出することはなくなり、再発の心配もほとんどありません。
  • 術後は速やかに元の生活に戻っていただけます。

直腸脱の手術療法

直腸脱の手術療法にはいくつか種類がありますが、当院では、根治性の高い腹腔鏡下直腸固定術を標準の治療法としています。全身麻酔がかけられない場合には、デロルメ法もしくはアルテマイヤー法を採用しています。

腹腔鏡下直腸固定術

当院では、再発のほとんどない根治療法として、腹腔鏡下直腸固定術をおこなっています。全身麻酔で腹部の小さな創から、鉗子操作で直腸を吊り上げ、メッシュを用いて固定します。術後の疼痛や違和感も少なく、極めて優れた治療法です。

当院では、直腸の神経を極力温存し、主要な合併症である術後の便秘をできるだけ回避する術式をおこなっています。また、神経を温存すれば術後の直腸の蠕動機能が保たれますので、腸管を切除する必要もありませんので、安全性が格段に高まります。

また、子宮脱が併存する場合には子宮も吊り上げて固定しますので、同時に改善できます。

デロルメ法

脱出した直腸の粘膜を切除してから、直腸の筋肉を縫い縮める方法です。5cm程度までの直腸脱に対応できます。腰椎麻酔でおこなえますので、全身麻酔をかけることが困難な場合に選択します。再発率が約20%と高率なのが難点です。子宮脱の改善は期待できません。

アルテマイヤー法

脱出した腸管を経会陰的に切除します。デロルメ法では対応できない比較的高度な直腸脱が対象です。腰椎麻酔でおこなえますので、全身麻酔をかけることが困難な場合に選択します。腸管をつなぎ合わせる必要があるため縫合不全のリスクがあることと、術後の便失禁が多いことが難点です。子宮脱の改善は期待できません。

その他の治療法

上記のほか、Gant-三輪術(脱出直腸を縫い縮める方法)、ALTA多点法(脱出直腸壁に注射をおこない固めて脱出しづらくする方法)、Thiersch術(肛門周囲に糸をかけて肛門を縫い縮める方法)が施行可能ではありますが、手術手技が簡単であること以外には特にメリットがないので当院ではおこなっておりません。

受診するには

直腸脱は、河北総合病院 消化器外科 直腸肛門外来で診察しております。

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よくある質問

Q.90歳を越す高齢ですが、腹腔鏡手術を受けられますか?
A.全身麻酔がかけられれば可能です。手術の前に全身の検査をおこないますので、安全に手術を受けていただくことが可能です。当院で手術を受けた患者さんの最高齢は96歳で、年齢中央値は85歳です。当院ではこれまでに20名以上の90歳以上の方が腹腔鏡手術を受けられ、治癒されています。もしも、全身麻酔がかけられないと判断した場合には、デロルメ法もしくはアルテマイヤー法を選択します。

Q.脱出するのは排便の時だけなので、以前に他の病院を受診した際には様子をみましょうと言われました。また受診しても結局無駄足になりませんか?
A.確かに診察の際に脱出を確認できなければ確定診断は困難であり、治療方針を決められません。排便時のみや長時間の歩行後だけ脱出し、椅子に座ると元に戻ってしまう患者さんも多いため、なかなか確定診断にいたらず「気のせいだ」と言われた経験をお持ちの患者さんも多いです。そのような場合には、スマホのカメラでよいので、飛び出した時の写真を事前に自宅で撮っておいて診察時にお見せいただければ、それだけで確定診断が可能です。

Q.本人が高齢のため病院に連れていくこと自体が大変です。
A.手術ができるかどうかを判断するのはご本人抜きでは無理ですが、診断だけであれば飛び出した時の写真だけで可能です。まずはご家族の方だけで構いませんので、直腸肛門外来を受診してください。

Q.直腸脱の手術をすると便失禁は治りますか?
A.直腸が脱出した状態では肛門括約筋が引き伸ばされてしまい、収縮する力が落ちてしまいます。そのため、便失禁の状態になっている患者さんが大半です。直腸脱の手術は、肛門括約筋自体を修復する治療ではありませんが、肛門括約筋が引き伸ばされなくなることで結果的に収縮力がある程度回復し、便失禁が改善することも期待できます。個人差は大きいですが、便失禁が全くなくなった患者さんも多くいらっしゃいますし、大部分の患者さんは便や粘液による会陰部の汚染が減少しています。

Q.歩いていると腸が飛び出すのが嫌で家にこもりがちになり、足腰が弱ってしまいました。手術を受ければ改善しますか?
A.直腸脱の手術をすれば手術直後より腸が飛び出さなくなりますので、安心して外出などできるようになります。そのため体力の低下を回避でき、再び健康的な生活を送ることができるようになります。

Q.直腸脱だけでなく、子宮脱もあります。同時に治りますか?
A.直腸とともに子宮も一緒に吊り上げて固定できますので、程度や原因にもよりますが、子宮脱も改善する場合がほとんどです。

Q.子宮と卵巣の摘出手術を受けていますが、手術を受けられますか?
A.可能です。子宮や卵巣を摘出すると骨盤底の支持組織が失われますので直腸脱や膀胱脱になりやすくなります。そのような患者さんではお腹の中に癒着がありますので、腹腔鏡の手術は技術的には困難で時間がかかりますが、根治手術は十分に安全に施行可能です。他の医療機関で断られた場合でも、当院ではお受けできる場合がありますので、まずはご相談ください。

Q.認知症がありますが、手術を受けられますか?
A.認知症があっても手術は可能です。ただし入院すると生活環境が変わりますので、認知症が(一時的に)進行する可能性があります。入院期間を極力短期とすることで、影響が最小限になるよう心がけています。また、手術の翌日から退院まで、できるだけご家族との面会時間を長くもっていただき、患者さんに安心していただけるようご協力をお願いしています。
なお、ご自身で便の汚れを処理できないほどの認知症がある場合には、治療後は家族や介護者の負担が減って喜ばれることが多いです。

Q.他院で手術を受けましたが再発しました。再手術を受けられますか?
A.当院では、術後再発症例の治療にも積極的に取り組んでいます。他院での術後に再発し、「再手術は無理」「諦めて我慢してください」と言われた患者さんに対する根治手術も多くの実績があります。特に、経肛門的手術(おしり側からの手術)の後の再発であればほぼ問題なく治せます。諦めないで遠慮せずご相談ください。

Q.寝たきりですが、手術を受けられますか?
A.直腸脱を治すことによるメリットが小さいと判断されれば手術はおこないません。しかし、陰部の便汚染などが大きな問題になっている場合には、ご相談いただければ、他の方法も含めて何かしら解決策を考えることができるかもしれません。

Q.腸が脱出したまま戻らなくなってしまいました。どうすればいいですか?
A.戻らなくなることはほとんどありませんので、まずは、落ち着いてください。自分で戻せないときは、可能であればご家族に手伝ってもらってください。脱出した直腸を、掌で包むようにして優しく握りながら、全体を肛門のほうに軽く押してあげると容易に戻ります。おなかの力を抜いておくことが肝要です。痛みが強かったり、脱出した腸が腫れて出血していたり、血液の循環が悪くなって黒ずんでいる場合などは緊急事態の可能性がありますので、電話でご連絡の上、急いで受診してください。夜間や休日には、救急外来を受診してください。当院では24時間消化器外科医が対応できる体制を整えております。

Q.高齢のため他の病気も持っているので心配です。
A.当院は総合病院ですから、全身を診ることができます。内科やその他専門科の医師が外科と密接に連携、協力して治療に当たりますので、安心してお任せください。

Q.入院期間はどのくらいになりますか?
A.腹腔鏡手術の場合は、手術の前日にご入院いただき、手術後3日目の退院を標準としています。ただし退院日は回復の具合によって判断します。術後2日で退院できる場合もあります。デロルメ法などの経肛門的手術の場合には、手術後5~7日間程度としています。

Q.病院へは何回くらい通う必要がありますか?
A.腹腔鏡手術の場合の代表的な通院のご負担は次のようになります。初診時に確定診断できた場合には、手術前の通院回数は初診を含めて2~3回です。術後は退院後2週間程度で外来を受診していただきます。問題が無ければ、次は1年後の診察となります。ご高齢の患者さんが多く、遠方からいらっしゃる患者さんも多いので、通院回数をなるべく少なくするよう心掛けています。

Q.手術の後食事はいつから始まりますか?
A.手術の翌日から食事をとっていただけます。

Q.手術の後いつから歩けますか?
A.手術の翌日には歩くことができます。

Q. お腹の創はどのくらいになりますか?
A.お臍に径1.2cm、その他4カ所の径0.5cmの孔を開けて、腹腔鏡のカメラや鉗子を挿入して手術をします。メッシュや縫合用の針糸もその孔を通してお腹に入れることができます。創はそれだけですので、お体の負担や痛みは小さいです。

Q.腹腔鏡での手術ということですが、大きくお腹を開ける開腹手術に途中で変わることはありませんか?
A.お腹の中の癒着が極めて高度で腹腔鏡での手術が完遂できない場合や、他臓器損傷を起こしてしまった場合などは、開腹手術に移行する可能性があります。幸い、当院ではこれまで腹腔鏡で完遂できなかった例はありませんが、症例によっては困難な場合もあり得ますので、開腹手術となってしまう可能性は常にあると考えてください。

Q.直腸の固定にメッシュを使うということですが、メッシュとはどのようなもので、なぜ使うのですか?
A.メッシュは、プラスチックでできた専用の網目状の材料です(みかんが入って売られている赤いプラスチックの網を想像してください)。これを細長く切って使います。
直腸脱はもともと骨盤底の支持組織が脆弱なために生じる疾患です。したがって直腸を吊り上げて縫合するだけでは再発のリスクがあります。メッシュを使用すれば固定が強固になるので、再発を防ぐことができます。もともとデロルメ法などの経肛門的な手術と比較すると再発率は低いのですが、再発を極力減らすためにはメッシュを使うほうが望ましいと考えます。

Q.メッシュを使わない手術を標準とする医療機関もあります。メッシュを使うデメリットは何ですか?
A.以下のデメリットがありますが、何れも大きな問題ではありません。
メッシュはプラスチックですので一生体内に残ります。感染には弱いので、手術の時にばい菌がついてしまうと慢性的な炎症を起こしてしまう可能性があります。しかし、完全な滅菌状態で手術をしますので、当院ではメッシュが感染したことはありません。また、メッシュで固定する際に直腸との位置関係によってはメッシュが直腸に食い込んでしまって合併症を起こすということも報告されています。当院では直腸の壁の薄い部分をメッシュが圧迫することがないよう工夫していますので、メッシュが直腸に食い込んで生じた合併症は起こしたことがありませんし、その可能性は非常に低いと考えています。

Q. 将来直腸がんなど他の病気になったときに支障はありませんか?
A.もしもメッシュ固定した部分の直腸にがんが発生した場合には、手術の難易度が上がってしまいますが、治療ができなくなるわけではありません。なお、直腸脱の手術の前に内視鏡で直腸がんがないことを確認いたします。

Q. 他の病気で内服中の薬がありますがどうすればいいですか?
A.初診時に内容を確認しますので、必ずお薬手帳などの確認できる資料をお持ちください。血液さらさらの薬などは、処方医に確認した上で術前に休薬する場合があります。
 

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